南木佳士『草すべり』

南木佳士『草すべり』を読みました。あとがきによると何か偉い賞を取ったようです。いい本でした。他の人にも勧めたいので書評をかいてみます。

南木佳士さんは『阿弥陀堂だより』『医学生』などで有名な内科医兼業作家です。故郷である浅間山のふもとに住んで、農民医療の先駆として有名な佐病院に勤められています。南木さんは『ダイヤモンドダスト』で芥川賞をとった後、医師稼業で多くの死に向かい合っていたことが祟って、パニック障害を発病したそうです。この短編集は、南木さんが心の病からある程度回復し、「とりあえず歩いてみるか」という動機で始められた登山の体験を元に書かれています。

この本には四編が収録されています。特に後半の「バカ尾根」と「穂高山」がいいですね。
「バカ尾根」は、蓼科山の裾の絶景スポットで浅間山を眺めながら花見酒をする話です。病から回復したての頃に登った浅間山で出会ったおばさんことや前年に亡くなった佐久病院の「創設者」若月俊一氏のことなどを、思いが浮かぶままに回想します。
バカ尾根とは、浅間山のバリエーションルートの一つで、南木さんが小さい頃に大人から「あそこから下山すると、迷って帰れなくなるぞ」と脅されていたルートです。南木さんはその正確な場所を知らず、「いつか見てみたいものだ」と思っていました。そこである時、浅間山の登山規制(活火山なんですね)が緩くなったので、実際に見に行きます。ただ下山口を見るだけのつもりでしたが、ピークで出会った野性味溢れる地元のおばさんと一緒に降りることになります。南木さんは最初自分でも無事下りれるだろうか不安がっていましたが、足腰確かなおばさんに遅れずについて行けることを「おめえも大した足じゃねえか」と誉められ、自信をもちます…。
と書くと、伝わらないかもしれませんが、この辺のやりとりがとてもいい。『神隠し』にも老婆とキノコ狩りに行く話があるのですが、なんというか、老人や農民の持っている生命感に著者が感応しているかんじがいい。「穂高山」でも、肺癌の手術をうけ「これを逃すともう穂高に登れないかもしれない」と言う工業高校の国語教師に出会い、結果的に彼にうながされる形で、「欲が出て」、ただ見るだけの予定だった奥穂高に登ることになります。

南木さんが心の病から回復した後に書かれた作品は、生き延びられたことへの不思議な安堵感や、生きて往くからだへの信頼感が、山路を一歩一歩を踏みしめるように、繰り返し語られます。本短編集は、こういうからだを改めて知るきっかけとなった登山という体験について書かれています。
そういうわけで、元来もやしっこな文化系ワンゲラーは必読!、といえましょう。

最後にお気に入りのところを書き抜きます。
”からだの芯で確かな熱が発生し、全身の汗腺から汗が噴き出る。サウナにはいって無理に搾り出す汗とはまったく異質な、からだがまっとうな代謝を行った証拠としての汗は、たったいまここに、まぎれもなく自分があるという事実をいかなる言葉よりも雄弁に保証してくれる。…登れば汗をかく「私」が登っている。”

(東)
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